「第二海堡」「猿島」など、明治時代につくられた東京湾を守るための4つの要塞島

東京湾で最も幅が狭くなっている富津岬(千葉)と横須賀港(神奈川)の間に複数の海上拠点を作って海防を強化しようという考えが明治時代に強まり、砲台を備えた要塞島が4か所建設された。そのうちの3か所は長い年月をかけて造られた人工島で、現在でも2カ所が残っている。

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第一海堡

千葉県富津市の人工島。富津岬先端の海上に位置する。明治時代、海防の拠点基地という目的で建設。1881年に着工し、1890年に完成。

第二海堡

第一海堡に続いて建設された人工島。第一海堡の西方2577mに位置する。1889年に着工、1914年に完成。

第二海堡の着工から3年後の1892年には第三海堡も着工。第三海堡は1921年に完成したが、そのわずか2年後の関東大震災で壊滅的な被害を受けて使用不能となり、その後暗礁化。2000年~2007年に完全撤去された。

なお、海堡の歴史等については国土交通省関東地方整備局のサイトに詳細が記されている。

<公式サイト>

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2005年夏に一般人の上陸が禁止されるまでは、釣り目的等の一般人がチャーター船で簡単に上陸することができた。そのため個人サイトにも第二海堡の写真は数多く公開されている。

1979年には映画『蘇る金狼』(主演:松田優作)のロケ地として使われた。

戦後の無力化により砲台も取り外されていて荒廃も激しく特にニュース性もないため、長い間メディアで紹介されることも無かった。2014年には「ザ!鉄腕!DASH!!3時間スペシャル」(9月28日放送)でアイドルグループTOKIOの城島と山口がメディアとして初めて上陸し、話題になった。

猿島

東京湾唯一の自然の無人島。戦後は長く一般人の入島が禁じられていたが、1996年には海水浴場が整備され、2003年からは横須賀市管理のもとに「猿島公園」として公開されている。




貴重な歴史的遺産が風化の一途を辿っている。テレビでの報道などをよい機会にして、いろいろと自分で掘り下げて調べてみると、今まで知らなかった歴史の一場面が見えてくるかもしれない。

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