名作映画の呼び声高い『硫黄島からの手紙』が、日本でなくアメリカでつくられた理由

太平洋戦争の末期、1945年2月から3月にかけて東京都小笠原諸島の硫黄島で繰り広げられた歴史的な激戦、「硫黄島の戦い」。この戦いを一躍有名にしたのは、クリント・イーストウッド監督の映画『硫黄島からの手紙』だ。2006年に制作されたこの映画は、渡辺謙、二宮和也、伊原剛志、加瀬亮、中村獅童などの日本人俳優を起用したことにより、日本人から見ても違和感のない作品に仕上がっている。そのためもあって日本でも大ヒットを記録した。

圧倒的な戦力差を前にして日本軍が奮闘した硫黄島の激戦を、兵士と家族の人間模様を織り交ぜて描いた感動的な作品。しかしながら多くの観客が強く感じた疑問は「なぜこの映画が日本の手でつくられなかったのか」ということだ。クリント・イーストウッド監督はこの映画を日本映画であるとコメントしてくれているが、アメリカ映画であるのは事実。日本軍の物語が日本で制作できなかったのにはいくつかの理由がある。

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「硫黄島の戦い」の知名度の低さ

硫黄島の戦いはそれまでの日本ではあまり注目されていなかった。硫黄島の位置すら知らない日本人は多い。硫黄島(いおうじま、正式にはイオウトウ)は東京都小笠原諸島の南端にある島。東京からの距離は実に1200キロ。

アメリカ軍にとって硫黄島は、日本本土への攻撃の足掛りとして重要な攻略拠点だった。日本にとっては本土侵攻を阻止するため、死守しなければならない最後の砦だった。しかしながら本土から遠く離れていたため、その詳細な戦況は本国に伝えられることはなく、その存在は戦後も長い間”知られざる激戦地”のままであった。

アメリカでの知名度の高さ

日本での知名度の低さに反してアメリカでは、”デタッチメント作戦”と名付けられた硫黄島侵攻がリアルタイムに伝えられていたこともあり、知名度が高かった。また、島の最高地点である摺鉢山頂上に星条旗を立てた兵士たちの写真がアメリカで持て囃されたこともあり、現在でも硫黄島の名前を記憶している国民は多い。

この写真はのちに合衆国海兵隊戦争記念碑のモチーフにもなっている。また、摺鉢山に星条旗が掲げられた1945年2月23日は、戦後「アメリカ海兵隊記念日(合衆国海兵隊記念日)」に制定されていた。

アメリカ軍にとって硫黄島の戦いは、強いアメリカを印象付け、国民の士気を高めるのにふさわしい出来事だったのだ。

日本とアメリカにおける栗林大将の知名度の差

映画『硫黄島からの手紙』の主人公とも言える人物は、渡辺謙演じる栗林忠道陸軍大将。アメリカでは「太平洋戦争における日本の優秀な指揮官」という評価が高い。5日で陥落すると予想されていた硫黄島において、アメリカ軍に甚大な被害を与えつつ36日間も抗戦し続けた日本軍の将としての才覚への評価であり、また不用意な玉砕を禁じ徹底抗戦を指示した栗林の人間性への評価でもある。

対する日本では、栗林忠道の知名度は低かった。国内での華々しい戦果があったわけでもなく、日本陸海軍中最年少(53歳)の大将であったにも関わらず本土から遙か遠くの戦地で没したこともあって、歴史上の人物として光が当たることはあまりなかった。

栗林忠道の墓が長野県の松代町にあることもあまり知られていない。現在は顕彰碑も建立されている。

映画制作にかかる費用の差

映画『硫黄島からの手紙』の制作費は1900万ドル。日本円にして20億円近いが、これは映画制作費としては特に高いわけではない。しかし、この作品の前に9000万ドルかけて『父親たちの星条旗』(アメリカ軍の視点で描いた硫黄島の戦い)を撮影していたクリント・イーストウッドは、前作で撮影した戦闘シーンを上手に使い回したため、制作費を抑えることができた。

また、実際の硫黄島でのロケは1日のみで、撮影のほとんどはアメリカ国内で行われたことも費用節約につながった。ワーナー/パラマウントという制作母体の力や確立された制作プロセスも経済的に働く。日本国内では同じようにはいかなかっただろう。

さらに付け加えるならば、日本人俳優のギャラの安さもある。トータルで考えると、低予算で品質の高い映画を制作する条件がそろっているのが日本ではなくアメリカだったということなのだろう。


映画の題名になっている栗林大将の手紙。新聞記者をめざしていただけあって文才があったと伝えられている彼の、戦地から日本の家族に宛てた手紙は、一軍人としてよりも父親として夫としての家族愛に満ちた内容であったことで知られている。彼の手紙をまとめた『「玉砕総指揮官」の絵手紙』は本作品を制作するに当たって重要な資料となっている。

戦争を主題にした優れたヒューマンドラマが日本で映画化されなかったことを惜しむというより、アメリカの手で素晴らしい作品に仕上げてもらったことを感謝すべきなのかもしれない。

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