連日の”御嶽山噴火”報道の中で「何だかなあ?」って思うことがいっぱいある件

被害の大きさが次第に明らかになってきた御嶽山の噴火事故。遅々として進まない救助活動の様子に、日々やきもきしている人も多いだろう。そんな中で、「今それ?」と違和感を感じる記事や発言も少なくないので、些末なことにもかかわらず気になってしまうこともある。

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「硫黄は無臭」と有識者からツッコミ

「真相報道 バンキシャ!」(日テレ系)でヘリからリポートをした濱田隼平アナウンサーが口にした 「辺りは暗くなってきました。機内に硫黄のような臭いが立ち込めています」に対して、東大教授がツッコミを入れた。

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「自民・片山氏ツイートに民主抗議」のなすり合い

片山氏「22年の民主政権事業仕分けで常時監視の対象から御嶽山ははずれ・・・」のツイートに対し、民主側から「事実無根」

この問題では一般人は誰も民主のせいだとか勝間和代氏のせいだとか、本気で思っているわけではない。一般人が未だに忘れられないでいるのは、専門外の人間が不思議なくらい堂々と学術の世界に口を挟んだ、あの異様な仕分け会議への違和感だけ。あの愚行を繰り返すまじ、ということだ。

しかしこんな時にも政党同士は小競り合いをやめないし、勝間氏の所属事務所は出さなくてもいいコメントを出す始末。一般人から見れば自民も民主も似たようなもの。

勝間さんの事務所は、この発言は「費用削減のためには、火山が噴火して人が死んでもいい」という意味ではなく、「噴火による被害を減らすために、産学連携などで噴火予測により効果的な費用配賦方法があるのではないかという問題提起」だったと説明している。

「登山者への噴火被害をゼロにするためには、完璧な噴火予測を追い求めるより、より厳しい入山規制などソフト面での対応こそが重要であると思われます。前掲の勝間の発言はこれらの論点を踏まえた上での発言です。この点について、くれぐれも誤解のないようにお願いできれば幸いです」

「踏まえた上の、と今更言われてもそうは聞こえなかったじゃん」と誰もが不毛なツッコミを入れてしまいたくなる。

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「よかった!?いやぁ、緊張した」と映りを気にするNHKディレクター

ディレクターのリポートの出来など視聴者にはどうでもいいことなのだが、有事の際にそんなことを気にしている不謹慎者、とツッコミが集中したNHK大黒幹夫ディレクターの不運な放送事故。この人の言動は、心底どうでもいい。

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「死亡」「心肺停止」報道への違和感

テレビで耳にする度に心が痛んで仕方がない「死亡」と「心肺停止」の使い分け報道。聞けば日本独自の使い分けらしいが、何が気になるって、「心肺停止」としたまま何日も放置し続ける結果となってしまっているのにも関わらず、いつになっても「心肺停止○名」と言い続けるしかない残酷さ。

医師の診断がないからというのはよくよくわかるが、報道上は「生死不明」とか何とか言いようがあるのでは、と思ってしまう。

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韓国ネットユーザーの反応がひどい

どうでもいいことの最たるもの。ことあるごとに隣国がどんなひどいを反応しているかという情報で煽るのは、もうやめにすれば?と言いたい。韓国の掲示板も日本の某掲示板も、書き込みの不謹慎さではどっこいどっこいというところ。お互い様だ。

アジア大会もケチのつけ合いになっているし・・・。

「救助活動断念」へのジレンマ

「二次災害の危険もあるが、それでも親族としては早く捜索してほしい」という遺族のコメントもあるように、自衛隊・消防隊・警察の精鋭たちで構成されているであろう数百人規模の救助隊が、世間が思うような活躍をしていないように見えてしまう。

一般の視聴者すらも歯がゆく思うような救助遅延へのストレスには、山頂付近の状況が詳しくレポートされないことが大きく影響している。硫化水素ガスはガスマスクをしていても危険らしく、吸い込んで死に至ることは決して珍しくない。濃度によっては救助隊が立ち入ることすら自殺行為なのだ。

そして何より、活動中の火山で地震も噴石も続いている場所なのだということ。火山灰が夜露で湿ってぬかるみを作っていて、歩くのも容易でない最悪な環境であるということ。そういった状況をきちんと報道し、理解を求めるように心がければいいのに、「行けるものなら(救助に)行きたい」というコメントだけでは「装備不足?」などと単純に疑ってしまう。

自衛隊とか消防隊とか警察とか言っても、ただの人間。登山のエキスパートと比べれば、彼らのやれることは一般人とそれほど変わりがないと考えれば、ストレスも溜まらない。

それにしても、救助活動のためのロボットというのは、まだ導入されないのだろうか。

→参考情報を読む
→硫化水素の情報

→地獄のような山頂の様子



自然災害を相手にしたときの人間の無力さは、時代が変わってもあまり変化がなさそうだ。救助活動が長引くほどに、本質と関係のない余計な部分が気になり始める。一日も早い救助を心から願う。

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