イスラム国に対する 「言語道断」「許し難い暴挙」「人命優先」という政府の言葉が形骸的に聞こえる今の日本

2015年1月17日にエジプトを訪問した際、安倍首相は演説の中で次のように述べました。

イラク、シリアの難民・避難民支援、トルコ、レバノンへの支援をするのは、ISILがもたらす脅威を少しでも食い止めるためです。地道な人材開発、インフラ整備を含め、ISILと闘う周辺各国に、総額で2億ドル程度、支援をお約束します。(外務省公式サイトより抜粋)

演説の終盤では「中庸が最善(ハイルル・ウムーリ・アウサトハー)」「憎しみでなく、寛容、そして中庸をむねとして」「中庸をもたらす一助となるよう」と、殊更に「中庸(偏らない、常に変わらない)」を強調しましたが、奇しくも首相は、「ISILと闘う」ためと明言して2億ドルの支援を申し出た時点で、自ら「中庸」を崩していました。


1月21日にインターネットを通じて宣言されたイスラム国(ISIL)による日本人2名の殺害予告は、25日未明に最悪と思われる形で展開を見せたと考えられます。ISILにより公開されたと思われる「”湯川さんの写真を持った後藤健二さん”の画像」と「後藤さんの声に似た音声メッセージ」は、日本中に衝撃を与えました。

isils
→公開された動画(Dailymotion:閲覧注意)

→新たな画像の音声メッセージの内容(NHKの解説)

動画の時と同じように、今回も画像の真偽が議論されています。今までと異なる公開手法やイスラム国のロゴの有無など・・・。しかし、これが第三者の手によるデマ画像ならば、ISILから何らかのアナウンスがありそうなもの。「慎重に吟味した方がいい」という声もありますが、これまでのISILの数々の行為に照らし合わせて考えた場合、画像の真偽はこの際二の次という気がします。

→声明に不審点も=「イスラム国」の死刑囚釈放要求

口先だけで実際には何もできない日本の政府。今回はその脆弱さを痛感させられます。昨年大々的に発足させた国家安全保障会議(日本版NSC)もそうですが、こと国際的な有事に対して、組織も言動も非常に形骸的です。

「許し難いテロ行為で、強い憤りを覚える。直ちに解放するよう強く要求する」
「言語道断で許し難い暴挙だ。強い憤りを覚える」
「後藤さんに危害を加えないよう、直ちに解放するよう要求する」

殺害を予告している相手に対して釈放を要求するだけなら誰でもできます。「解放しろ」と遠くから唱えていればいいのですから。しかもその言葉は相手に直接届いてさえいません。「あらゆるチャンネルを最大限に生かし」というマニュアル的な言い回しも、いかにもという感じです。実際問題、ISILとの直接交渉のラインすら確保できない、返答も不定期なメールのやり取りをもって「交渉開始」と称するお粗末さ。”あらゆるチャンネル”が聞いて呆れるというもの。

言葉に行動が伴わないと、聴いている周囲が空しくなってきます。事件発生直後から強調されてきた「人命優先」という言葉すらも、もはや何の意味も持たないようにさえ感じられます。

イスラム国が日本に与えた脅威は、国内に巨大な波紋を広げています。この事件の結果如何では、集団的自衛権の論議に拍車がかかるかもしれません。ただでさえ無益な政党同士の小競り合いがますます過熱することも容易に想像できます。今回の事件は、形骸化した今の日本を内から崩壊させる最悪のウイルスにもなり得ると考えられます。



今回、ISILを敵に回した責任が誰にあるのかは置いておくとして、また仮に誰かに責任があるのであれば、それはあとからきちんと取ってもらうこととして。

現地に近いヨルダンの日本大使館には、中山外務副大臣を中軸とした対策本部が設置されていますが、特に目覚ましい進展も得られない様子。「支払う」「支払わない」とも「屈する」「屈しない」とも、日本側としての明確な意思表示をしないまま時間だけを費やし、今回の展開を招きました。

思えば日本政府が明確な意思表示をしたのは、冒頭に挙げたエジプト演説の時だけです。「ISILと闘う周辺各国に」向けて行った明確な「支援」の意思表示。

いたずらに言葉を操り、派手なパフォーマンスだけで強引に事を進めようとする政治家がやたらと目につく今の日本。でも今回は、逆切れ・情報操作・自慢の交渉術など、国民相手ならば効果もある得意の手法が全く通用しない相手。政府が何もできず、一般国民と同じく「強い怒りを感じる」程度の表面的な対処しかできない状況では、好転する可能性はゼロに近いとしか言いようがありません。残念ながら・・・。

スポンサーリンク

シェアする

  • このエントリーをはてなブックマークに追加

フォローする

スポンサーリンク