「淫行条例は不要」を貫き通せるか長野県 ”必要”か”不要”かの論争の行方は?!

「青少年健全育成条例」とか「青少年保護育成条例」とか、県によって呼び名はいろいろだけれど、早い話が18歳未満の未成年者との”淫らな行為”を処罰するための規則を「淫行条例」と言いますが、長野県が全国で唯一「淫行条例」を持たないことが、最近やたらめったらニュースに取り上げられ、「少女と遊ぶなら長野県」という不名誉なキャッチフレーズまで流される始末。清らかな信州のイメージが一瞬にして崩壊しそうな勢い広がっています。(長野市・佐久市・東御市・塩尻市は、県とは別に独自で条例化しています。)


長野県の中では県民運動や弁護士会、信濃毎日新聞社を中心としたメディアなどが、長い間この「淫行条例」に反対し続けています。歴代の知事も「淫行条例は必要ない」という見解を貫き通してきましたが、最近は条例制定の方向でも検討が始まったようで、「重い腰を上げた」と報道されたりしています。

→「10代少女と遊びたいなら長野。捕まらないから」建前論では性被害食い止められぬ…“淫行処罰規定”なし、長野県が上げた重い腰
「淫行条例」がないことを美徳としてきた向きもあると言われている長野県。頑なまでに条例に反対してきた組織団体の理由はどこにあるのでしょうか。

全国的に制定が当たり前になっている「淫行条例」ですが、メリットとデメリットの両方があるようなので、それぞれの事例について調べてみました。

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「淫行条例」の必要性を考えさせられる事件

◇2014年9月に長野県安曇野市で起きた、35歳主婦による15歳男子への淫行・脅迫事件。関係の解消を求めた中3男子に対し「私との関係を続けないと、今までのことを知り合いにばらす」と脅したこの主婦は、男子に現金を渡していた疑いもあり、児童売春と恐喝の両方の容疑がかかっていましたが、証拠不十分であったことと、「淫行条例」がないため”青少年との淫らな行為”にはお咎めなしということで、略式起訴の罰金10万円だけで釈放されました。

→「関係続けないと、ばらすよ」中3男子を“買春”した容疑で逮捕された35歳主婦 「淫行条例」ないゆえの“顛末”
◇東御市では2012年に2件の性犯罪で東御市の学校教諭が逮捕される事件があり、淫行条例あればこその逮捕、と話題になりました。このうち一方の学校では、逮捕以前から不適切行為の報告があったにもかかわらず、その教諭を通常業務につけていた学校側の認識不足も問題となりました。しかも事件後の会見で阿部守一知事が「教育委員会から報告は受けていない」との理由だけで、淫行事件があたかも東御市だけの問題のような発言をし、ここでも「淫行条例不要」論を貫き通しました。

◇2013年に長野県が設けた「子どもを性被害等から守る専門委員会」では、幼い頃に知人男性から性被害をうけた女性が自身の胸の内を証言。「ずっと自分が悪いと思い込んで、周囲に相談できないまま悩み続け、体調を崩すこともあった」という女性の必死の訴えや、その後女性が新聞社に宛てた手紙を信濃毎日新聞社が記事に取り上げない等の頑なさが報道され、その不自然さが浮き立つ結果となりました。

「聞く耳を持たない」とも捉えられかねないその頑なさと、条例がないがために微罪で済まされている実情が、「少女と遊ぶなら長野県」のイメージを作り出したと言えるでしょう。

「淫行条例」さえなければ・・・の例

さて、この「淫行条例」ですが、別名「恋愛禁止条例」と揶揄されることもあります。条例があるがために問題がややこしくなった例も全国には多いので、そちらの観点からも考えてみましょう。

◇2009年、千葉市の大学生(20)は同意の上で自宅に招いた女子高校生(17)との関係が発覚した際、警察により「恋愛感情なし」と判断され逮捕されました。ネットではこれに「単なる恋愛では?」という声が多く挙げられましたが、警察側は「恋愛関係はまったくありませんでした。合意はあったということですが、悪いと分かっていてみだらな行為をしたからです」「条例で決まっていることです」というコメントで押し通しました。

→「無理強いなく、金も払わず」でなぜ 大学生の淫行逮捕に疑問相次ぐ
◇2012年にAKBの高橋みなみの母親が淫行容疑で逮捕された事件では、地元で有名な札付きのワルによる強姦事件というのが真相だというのがもっぱらの噂ですが、「淫行容疑」が先行してしまい、被害者と加害者が入れ替わる形となってしまったと言われています。事件発覚後、相手の少年は周りに自慢していたという話もあり、淫行条例ありきの法制度へ疑問が投じられました。

→ブログで謝罪のAKB48高橋みなみ 母淫行事件”被害”少年Aに逮捕の可能性も!?
◇2012年に神奈川で男子高校生が逮捕された事件では、高校4年の男子生徒(19)と、高校2年の女子生徒(17)の同意の上での行為が「青少年保護育成条例に抵触」と判断されました。しかも通報したのは女子生徒の父親だったということもあり、逮捕には「かわいそう」「行き過ぎ」「当たり前の自由恋愛」という擁護の声が相次ぎました。


淫行条例を「悪法」と断ずる弁護士が多いのも、誤用・悪用がはびこる恐れがあるからだと思われます。良法・悪法という判断は、人の心をどこまで信頼するかに関わってくる難しい問題です。被害なのか恋愛なのかを判断することは難しいので、全てを「被害」で済ませてしまおうという考えが働いた場合、「悪法」による新たな被害者を生む危険性も大いにあります。

確固たる信念をもって淫行条例を「悪法」と切って捨てる側と、安易に「少女と遊ぶなら・・・」と都合よく捉える大人側に、落としどころを見つけるのは難しそうです。

長野県が「淫行条例」の制定を拒み続けることができるのかどうか、あるいは汚名に屈してあっさり制定してしまうのか。どうやら近々結論が出るのかもしれません。

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