海外の有名人にまつわる噂や都市伝説 ~「ブルース・リー」「スピルバーグ」「27クラブ」

有名人の逸話には尾ひれがついたりすることが多いですが、中には一部で真実のように語られているような内容のものもあります。この手の話は検証のしようがないものばかりで、真実は闇の中。謎が謎のまま伝えられ続け、いつしか都市伝説となっていきます。


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ウォルト・ディズニーは冷凍保存されて生きている!?

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ディズニー関連の都市伝説は数多くありますが、ウォルト・ディズニー自身に関する噂でもっとも有名なものが「ウォルトは冷凍カプセルに入ったまま、ディズニーランド(カリフォルニア)の『カリブの海賊』の地下に保存されている」という話です。

この噂のもとになっているのは、ナショナルスポットライト(大衆紙)の記者が書いたとされる記事。ウォルトが亡くなった1966年12月15日にセントジョセフ病院に潜入した記者は、地下の霊安室で冷凍カプセルに入ったウォルトの姿を目撃したと記事の中で伝えています。

人体冷凍保存(クライオニクス)は1966年の時点ですでに実用段階にあり、その頃ウォルトが興味を持っていたらしいことは事実のようで、当時カリフォルニア州のクライオニクス学会会長であったボブ・ネルソンが関係しているという噂もありました。肺がんの治療を受けていたウォルトが、彼の強い希望で密かに冷凍保存されたという話は、彼の死後瞬く間に広まりました。

遺族の公表ではウォルトは火葬されロスにあるフォレストローン記念公園墓地に埋葬されているとのこと。また、世界初の人体冷凍保存はウォルトが亡くなった翌年の1967年1月12日に、グレンデールコミュニティカレッジの心理学者であったジェームズ・ベッドフォード博士に対して行われました。博士の冷凍保存体は現在でも保存され続けています。

しかし莫大な財力と多方面へのコネクションを持っていたウォルト・ディズニーにとって、世間に知られずに極秘で自分を冷凍保存させることぐらい造作のないこと。未来の医学の進歩に賭けて、冷凍の眠りにつくことを選んだとすれば、その方がよっぽどウォルトらしいと言えるのではないでしょうか。

ブルース・リーとその息子の死は陰謀!?

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1973年7月20日に愛人宅で亡くなったブルース・リー。33歳という若さでの突然死で、しかも愛人の噂があった女優ペティ・テンペイ宅のベッドで、一緒にいたはずのペティさえも気づかないうちに亡くなっていたという、全くもってブルース・リーらしくない最後でした。

公表された「脳水腫による死」は未だにその真偽がはっきりしていません。ブルース・リーの死については、当初「自宅でリンダ夫人にみとられて亡くなった」と虚偽の発表がされたこともあり、またペティが「私の家で死んだのではない。私とブルースは何もありません」とコメントし始めたことなどから、隠された真相があるのではないかという声が早々に挙がリ始めていました。ありとあらゆる情報や憶測が飛び交い、「薬物中毒」「食物アレルギー」「てんかん死」「電気式鍛錬器の副作用」などの他に「他流派による暗殺」「謀略」なども死の要因として挙げられました。

ブルース・リーの謎の死が騒がれたのは、直前まで撮影していた作品が『死亡遊戯』(原題:「死亡的遊戯」)であったことも災いしています。縁起を大切にする中国では、映画のタイトルに死亡などという不吉な言葉は使わないのが普通なのに、わざわざそれを選んだブルース・リー。しかも撮影はクライマックスのアクションシーン(相手役はカリーム・アブドゥル・ジャバール)を撮っただけで急逝してしまったとあって、タイトル以上に不吉なものを感じてしまった関係者やファンも多かったようです。

この映画でのブルース・リーの役柄は映画俳優ビリー。銃撃シーンを撮影してる最中に、殺し屋が空砲に混じって発射した実弾を受け、死にかけるというストーリー。死んだことにして身を隠し、闇の組織に復讐するという設定で、葬式のシーンもあります。このような内容は当時の映画界では異例で、自ら不幸を招いたと思われても仕方のないことでした。

この映画の不吉さをさらに際立たせてしまう出来事がブルース・リーの死後20年目に起こりました。彼の実子で俳優のブランドン・リーが映画『クロウ/飛翔伝説』の撮影中に亡くなったのです。しかもその死因は、撮影中に空砲のはずだった拳銃から実弾が発射され、それを腹部に受けたという、まるで『死亡遊戯』の内容をなぞったかのような事故でした。

こちらも陰謀説や呪いなどという噂もありましたが、結局のところ父親の時と同じで、真相は現在まで謎のままです。

スティーヴン・スピルバーグ監督と宇宙人の関係

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『未知との遭遇』や『E.T.』などの名作SF映画を生み出したスティーヴン・スピルバーグ監督。彼はアメリカ政府からの依頼で宇宙人にコンタクトをした唯一の一般人だという噂が密かにささやかれています。

昔からアメリカ政府が宇宙人とコンタクトをとっているという話は有名ですが、宇宙人に関する情報は政府の上層部の、ごくごく限られた人間にしか知らされていないトップ・シークレット。宇宙人と直接コンタクトをとる権限も大統領を始め一部の人間だけに与えられています。

民間人には絶対に許可されることのないコンタクトが、スピルバーグ監督にだけ許可された理由はただ1つ。それは監督に「映画を通じて国民に宇宙人への親近感を植え付ける」という任務を課すため。

スピルバーグ監督は『未知との遭遇』で、映画史上初の”リトルグレイ”タイプの宇宙人を登場させました。この映画以降、宇宙人の代表的なイメージとなった宇宙人の姿は、スピルバーグ監督によって造られたイメージであり、スピルバーグ監督自身はこれを、彼が実際に遭った宇宙人の姿から模したというわけです。

この話は単なる都市伝説として一笑に伏すこともできますが、もし近い将来、宇宙人とのコンタクトが公にされるような日が来たとき、その姿が『未知との遭遇』に登場する宇宙人にそっくりだったとしたら・・・事前に遭っていた以外に説明のつけようはありません。

ロック界に伝わる「27クラブ」

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古代イスラエルの王ソロモンは、悪魔を召還して望みを叶えさせていたと伝えられています。

彼が呼び出した悪魔の数は全部で72。

その中の27番目の悪魔はロノウェという名で、心理操作の仕方や身振り・発声で聴衆を惹きつける能力を与えることができると言われています。ロノウェと契約した人間はその魂と引き換えに高い能力を手に入れることができ、カリスマ的存在として大成します。

ロノウェの序列番号である27番に因んでなのか、かの悪魔と契約した人間は27歳でその魂を悪魔に捧げ、命を落とします。悪魔との契約で成功を手にして27歳でこの世を去った人間のうちで最も多いのがロックミュージシャンで、彼らのグループは「27クラブ」と呼ばれています。

27クラブのメンバーには次のような名前が挙げられています。

ルイス・ショービン(1907)・・・ラグタイムミュージシャン
ロバート・ジョンソン(1938)・・・伝説的なブルース歌手
ナット・ジャフィー(1945)・・・ブルースミュージシャン
ジェシー・ベルビン(1960)・・・R&Bシンガーソングライター
ルディ・ルイス(1964)・・・ドリフターズのメンバー
マルコム・ハレ(1968)・・・スパンキー・アンド・アワ・ギャングのメンバー
ディッキー・プライド(1969)・・・イギリスのロックンロールシンガー
ブライアン・ジョーンズ(1969)・・・ローリングストーンズのギタリスト兼リーダー
ジミ・ヘンドリックス(1970)・・・シンガーソングライターのカリスマ
ジャニス・ジョプリン(1970)・・・ロック界の伝説の歌姫
アラン・ウィルソン(1970)・・・キャンド・ヒートのリーダー
ジム・モリソン(1971)・・・ドアーズのボーカリスト
リンダ・ジョーンズ(1972)・・・R&Bのシンガー
レスリー・ハーヴェイ(1972)・・・ストーン・ザ・クロウズのギタリスト
ロン・ピッグペン・マッカーナン(1973)・・・グレイトフル・デッドのメンバー
ロジャー・リー・ダーハム(1973)・・・ブラッドストーンのメンバー
ウォーリー・ヤーン(1974)・・・チェイスのメンバー
デイヴ・アレキサンダー(1975)・・・ザ・ストゥージズのべーシスト
ピート・ハム(1975)・・・バッドフィンガーのリーダー
ゲイリー・セイン(1975)・・・ユーライア・ヒープのべーシスト
セシリア(1976)・・・スペインのシンガー
ヘルムート・コーエン(1977)・・・トリアンヴィラートのべーシスト
クリス・ベル(1978)・・・ビッグ・スターのシンガーソングライター
ジェイコブ・ミラー(1980)・・・ジャマイカのレゲエ歌手
D・ブーン(1985)・・・ミニットメンのリードボーカル
Alexander Bashlachev(1988)・・・ロシアのロックミュージシャン
ジャン=ミシェル・バスキア(1988)・・・画家
ピート・デ・フレイタス(1989)・・・エコー・アンド・ザ・バニーメンのドラマー
マイア・サパタ(1993)・・・ギッツのリードシンガー
クリスティン・パーフ(1994)・・・ホールのギタリスト
カート・コバーン(1994)・・・ニルヴァーナのボーカル兼リードギター
リッチー・エドワーズ(1995)・・・マニック・ストリート・プリーチャーズの作詞家
ストレッチ(1995)・・・ラッパー
ファット・パット(1998)・・・ラッパー
フリーキー・ター(1999)・・・ラッパー
シーン・パトリック・マッケイブ(2000)・・・インク・アンド・ダガーのリードシンガー
ロドリーゴ・ブエノ(2000)・・・アルゼンチンのシンガー
マリア・セラーノ・セラーノ(2001)・・・パッションフルーツのメンバー
ジェレミー・マイケル・ワード(2003)・・・サウンドマニピュレーター
ブライアン・オットソン(2005)・・・アメリカン・ヘッド・チャージのギタリスト
バレンタイン・エリザベス(2006)・・・メキシコの歌手
リリー・テンボー(2009)・・・ジンバブエのミュージシャン
エイミー・ワインハウス(2011)・・・イギリスのシンガーソングライター

ロック界やブルース界のアーティストだけでも40名以上、芸術その他のジャンルも含めるさらに増えます。彼らの死因はそれぞれ異なっており、もちろん全員が自ら命を絶ったわけではありません。生まれた年も異なる彼らに共通しているのは唯一、死亡年齢が27歳ということだけ。

これだけ多くのミュージシャンやアーティストたちが27歳にこの世を去っているのは、単なる偶然で済まされることではないような気がしませんか。

ひょっとしたらソロモン王の時代から変わることなく、人間は悪魔の力を借りて世界を動かしているのかも。


以上、有名人たちにまつわる都市伝説の一部でした。信じる信じないは人それぞれですが、100%否定することは誰にもできません。

→Walt Disney Is Still Not Frozen

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